猫町倶楽部とは、参加者が毎回課題図書を読了して集まり、
それぞれの気付きをアウトプットすることで学びを深め合う読書会です。
- 2016年11月5日土曜日 受付17:20〜 読書会17:40〜19:40 懇親会20:00〜
- 【ドグラ・マグラ風!?開催レポート】第21回関西文学サロン月曜会「ドグラ・マグラ」
冒頭歌
猫町よ
猫町よ
何故本を読む
自分の内面がわかって
おそろしいのか
・・・・・・・・・・・・ブウウーーーーーーンンンーーーーーーンンンン・・・・・・・・・・・・・・・。
僕がウッスラと眼を開けた時、冷蔵庫が作動しているような音の残響は、まだ僕の耳の奥の方にボアンボアンと残っていた。
・・・・・・ここは何処ダ・・・・・・?
空を突き刺すような、ピカピカで鋭角的な形をしたビルディングが、ごたまぜになって周りにそびえ立っている。ハッと気がつくと、僕はうじゃうじゃと蟻のように行き交いしている人々の中にいた。頭がボーとしながら、フラフラと何処へともなく歩いて行くと、ある建物の前でビッと脳に電流が走り、その中に吸い込まれるようにスゥッと入っていった。僕は前を歩いていた、黒いセーターの見知らぬ男につられてエレベーターに乗った。グゥゥゥゥーーンと、上へ昇っていく機械音がする・・・。僕はエレベーターのこの音が嫌いだ・・・。
黒いセーターの男は5Fで降りた。なんとなく僕もつられて、同じ階で降りてみた。黒いセーターの男はエレベーターの目の前にある部屋へ、ドアをガチャリと開けて入っていった。
・・・・・・イッタイ何があるんだろう・・・・・・?
青いドアの右横の壁に張り紙がある。
[猫町倶楽部、第21回 関西文学サロン月曜会、課題本『ドグラ・マグラ』夢野久作(角川文庫)、ドレスコード『胎児の夢』、日時:11月5日(土)、場所:Blue+大阪]
・・・・・・猫町倶楽部・・・・・・?関西文学サロン月曜会・・・・・・?ドグラ・・・・・・マグラ・・・・・・?胎児の・・・・・・夢・・・・・・?イッタイ何なのだ、コレは・・・・・・中で何が行なわれるというのだろうカ・・・・・・?もしや何かの怪しい集まりなのかしらん・・・・・・?
得体の知れないものに対する不安と恐ろしさで心がモヤモヤしながら、その一方で”猫町倶楽部”"関西文学サロン月曜会”という言葉に僕はノスタルジィを感じていた。僕は知っている・・・この会を・・・そう、読書会を・・・・・・。僕は中に入ってみることにした。
ヒヤリとする金属のドアノブをガチャリと回すと、床一面の芝生に、四方にはレンガ模様の壁、白いテーブルが5つに、色とりどりのイス、前方にはホワイトボードが2つ、ところどころの天井からは蔦植物の飾りが垂れ落ちている。緑に溢れた、清潔感のある部屋だ。好ましい。
「こんにちは」
ボーと突っ立っていると、左側から声をかけられた。女性の声だ。柔和な笑顔の綺麗な女性が、受付嬢さながらちょこなんと座っている。
「お申し込みされたお名前は何ですか?」
・・・・・・名前・・・・・・ナマエ・・・・・・?そうだ、ボクは・・・・・・誰ダ・・・・・・・?
ツゥゥーッと背中に冷や汗が流れる。受付嬢は目をキョロンとさせながら、小首をかしげている。僕は自分の名前が、自分が何者なのかすらわからないことに気がついた。何てことだ。自分という存在の中にあった大黒柱が急に消失して、骨抜きになった気分だ。恐ろしい。自分が何者なのかわからないことは、とてもとても恐ろしくてタマらない・・・・・・。
ア・・・ア・・・どうしよう・・・・・・と、小刻みに震える右手をズボンのポケットにおもむろに突っ込んでみると、名刺大の紙が出てきた。猫のマークが印刷されていて、黒のマジックで「イチロウ」と、堅苦しく神経質そうな文字が書かれている。それを見た受付嬢は、たくさんの名前がリストになった紙を見ながらペンでチェックマークをつけて、僕に向かって微笑んだ。
「あぁ、イチロウさんですね。確かにお申し込みいただいています。今日はAテーブルですよ。あちらへどうぞ」
促されるがままに、[A]の札が置かれたテーブルの席についた。僕以外に5人の男女がテーブルを囲んで雑談をしている。先ほどの黒いセーターの男も混じっている。周りをぐるりと見渡してみると、同じようにセッティングされたテーブルが全部で5つある。皆、同じ本を片手に近くにいる人と談笑している。どうやらその同じ本が、このイベントのキーアイテムのようだ。
・・・・・・本・・・・・・「ドグラ・マグラ」と表紙に書かれている・・・・・・僕はそんなもの持ってないゾ・・・・・・
途端にサァッと不安になって、じんわりと汗をかいた手のひらでズボンの全ポケットをまさぐると、2冊の文庫本が左のポケットからのそりと出てきた。「ドグラ・マグラ」上下巻。中には色とりどりの付箋が貼られている。僕はいつの間にこの本を読んだのだろう。本の内容など全く思い出せない。そもそもズボンの左ポケットに入っていることすら、今の今まで知らなかったのだ。どういうことなんだろう・・・。
そうこうしている内に、一人の男が皆の前に出てきて、話し始めた。どうやらこの不特定多数の男女の奇妙な集まりのイベントについての説明のようだ。男の話によると、これはやはり「読書会」なるものらしい。一つの課題本を読了した上で皆で集まり、意見を交換する場のようだ。そしてそこには一つだけルールがある。
「他人の意見を否定しない」
これを守ることによって、理性的な大人の社交場が保たれるというわけだ。
そして、読書会が始まった。
例の黒いセーターの男がはじめに喋り出した。黒縁の眼鏡をかけていて、弁当箱みたいに真四角な顔をした奴だ。男はファシリテーターという、グループ内での司会進行役なんだそうだ。まずは一人ずつ自己紹介がなされていく。名前・参加したきっかけ・職業・好きな本などを順繰りに話していく。皆、年齢も職業も好きな本もバラバラだ。そして僕の番が回ってきた。
・・・ア・・・こんにちは・・・・・・イチロウです・・・・・・
僕は、自分自身が誰なのか記憶を喪失していたはずだったのに、[イチロウ]と書かれた名刺大の紙を片手に、たどたどしくも口が勝手に自己紹介をつらつらと述べていた。・・・・・・不思議だ・・・・・・。まるで脳は自分のことを忘れているのに、体は覚えているみたいだ。僕が脳と体の不一致感について考え込んでいると、皆が本についての意見をそれぞれ言い始めた。
「精神病について語られている部分に共感シタ」
「正木先生が自殺シタのは、文学的に考えたら天罰とイエルと思う」
「胎児は一郎とモヨ子の子供のことではナイカ」
「コノ本は、作者の人生論の集大成」
「一つのテーマとして、人間の弱サが描かれてイル」
実に様々な意見が皆の口から出てくる。僕はこの本を読んだ覚えがないはずなのに、どうしてだか自然と皆に混じって自分の意見を発していた。
・・・・・・ナンダロウ、この感覚は・・・・・・気持ちがいい・・・・・・自分の意見を人に聞いてもらうというコノ感覚・・・・・・前にも味わったことがある・・・・・・頭では覚えてなくとも、体が、感覚が、知ってイルゾこの感覚を・・・・・・。
体がポカポカしてきて、高揚感が湧き上がってくる。目にはジワリと涙が滲む。そう、僕は以前にも味わったことがある。この、自己肯定感が満たされる感じを。
ふと黒いセーターの男に目をやると、口の端をクッと上げて、ベストドレッサーなるものを決める時間であることを告げた。今回のテーマは、「胎児の夢」。僕が所属する[A]テーブルからは、球体関節人形の足を模したタイツを履いた女性が選ばれた。他には、ヒトゲノムマップを持ってきた男性や、自分の娘のエコー写真を持ってきた女性など、皆それぞれ個性豊かな捉え方のドレスコードであった。
最後に皆で集合写真を撮る。
読書会はこれでひとまず終了らしい。次は別の場所で懇親会があるそうだ。運営スタッフと思しき男性が、皆で一緒に向かう旨をアナウンスしている。
僕はところどころで見知らぬ男女に「お久しブリデスね」と声を掛けられた。やはり前にもこの読書会に来たことがあるらしい。一体いつ、どこで、何の本の読書会に参加したかはさっぱりと記憶が洗い流されているのだが・・・。
読書会が開かれたビルから5分ほど歩いて、懇親会会場の「いち凛」という店に辿り着いた。落ち着いた和風の店内、掘りごたつのテーブルに読書会と同じグループで着席していく。料理と酒・ソフトドリンクを味わいながら、先ほどの読書会からの続きの話に花が咲く。テーマ別に席替えも行われた。
僕は酒でポーと気分が高揚してしまい、のべつまくなしにニコニコと笑顔で周りの人と談笑をしていた。僕が一体誰なのか、記憶はどこの彼方へ飛び去ってしまったのか、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
名前や肩書きなんて所詮記号だ。失ってしまったら、また手に入れればいいだけの話だ。そして例え僕の脳の記憶は消失されていたとしても、体には記憶の断片が刻み付けられている。そして、僕のことを憶えてくれている人がいる。僕の話を聞いてくれる人がいる。受けとめてくれる人がいる。今はそれだけでいいじゃナイカ・・・。そんなことを考えているうちに、会はお開きとなった。
・・・・・・アレ・・・・・・目の前の視界がぐにゃりと歪んで・・・・・・頭の中がマーブル模様みたいにぐるぐるスル・・・・・・気ガ・・・・・・遠くなってイク・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・ブウウーーーーーーンンンーーーーーーンンンン・・・・・・・・・・・・・・・。
白衣の男「エー、ここまでお読みくださった皆様方、誠に有難う御座いました。次回の関西猫町倶楽部は、月曜会とアウトプット合同で行います、聖ナル聖ナルクリスマスパーティーで御座います。場所は堺筋本町に御座いますドルフィンズ。日時は12月17日土曜日と相成ってオリまする。ドレスコードは『クリスマスorセミ・フォーマル』。課題本は橋爪大三郎『教養としての聖書』(光文社新書)で御座います。この日ならではのイベントも企画しておりますので、是非是非お越しくださいマセ。」
※この開催レポートにはフィクションが含まれています。登場する人物は架空であり、実在のものとは関係しない場合もあります。
文章:あおい 写真:タクミ、ゆうこ