扉を開けると本の向こう側の世界が広がっていた。

猫町倶楽部とは、参加者が毎回課題図書を読了して集まり、
それぞれの気付きをアウトプットすることで学びを深め合う読書会です。

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関西文学サロン月曜会[文学]

  • 2017年1月7日(土曜日) 
  • 【物語風開催レポート】関西文学サロン月曜会 第23回「クラウド・コレクター」

まっさらな一年が始まって間もない、2017年1月7日土曜日。

ぼくは会社の休みに京都の本屋、恵文社一乗寺店に来ていた。理由はもちろん、本が好きだからだ。
店内には独自のセンスが光る本達が、行儀よく陳列されている。昭和の香りを感じる実用書の文庫本、ジョルジュ・バタイユの怪しげでエロティックな本。
ゆっくりと店内を見て回る。ぼくは本屋で、「その時のぼくに必然な本」を探し出す行為が好きだ。
ふと、目線を下にやると、チョコレート色の重厚な本が目に飛び込んできた。表紙の真ん中には、シルクハットをかぶった猫のマーク。そのすぐ下に、「猫町倶楽部」と金色の文字。
これだ!と思った。これが今のぼくに必然な本だ。胸が高鳴り、ドキドキしながらその本を手に取った。ずっしりとした、心地よい重みだ。ぼくはその本の一ページ目を開いてみた。真っ白だ。心なしか、酒の香りがする。
その瞬間、強い目眩を感じて、足が崩れ落ちそうになった。そして開いたページが強力な引力を発したように、ぼくは本の中へぐいーっと引き込まれていった。

頭が痛くてボーッとする。ここはどこだろう。ふと足元を見やると、一枚のカードが落ちている。



猫のマークと猫町倶楽部という文字。さっきの本にもあったけど、これは一体何なんだろうか。ここはどこで、ぼくはどうなってしまったんだろう。
ええい、こうなったらこの「本の中の世界」を、心ゆくまで探検してやろう。ぼくは元来、好奇心旺盛で前向きだ。
まずあたりを見回すと、目の前に緑の扉がある。とりあえず、開けてみよう。ぼくは扉をギィと開けた。小さな黒板に、「関西文学サロン月曜会 クラウド・コレクター」と書かれている。



「クラウド・コレクター」。ぼくはこの本を15年ほど前、12歳の時に読んだことがある。
これは、現クラフト・エヴィング商會の先代である祖父が主人公の、不思議な国アゾットの旅行記だ。

ぼくは当時物語に感化されて、道端で拾った空壜を収集したり、台所の棚にある父の洋酒をこっそり持ち出してデタラメにブレンドした「オリジナル酒」をつくったり(もちろん後でこっぴどくしかられた)、近所の古道具屋で買ったタロットカードで妹を占ったり、父のフェルト帽を葉っぱや折り紙や鳥の羽で飾りつけた「とてもイカした帽子」をかぶって近所を練り歩いたりした(今度は父だけでなく母にもしかられた)。

「こんにちは」



昔の思い出にふけっていたら、目の前のテーブルの女性に声をかけられた。と思ったが、それはぼくに対してかけられたものではなく、左斜め前の別の男性に対してのものだった。
山高帽にネイビーの上質なウールのコートを着ている、背の高い男性だ。自分の名前を伝えている。どうやら受付を済ませているらしい。何かの集まりの会なんだろうか。

室内をぐるりと見回すと、真ん中に2つのテーブルとイスが16脚。人がまばらにいる。



おかしい。何かがおかしい。
ぼくは誰の目にもとまらないし、誰にも声をかけられない。どうやらここの人々には、”まるでぼくが見えていない”みたいなのだ。これはどういうことだろう。ぼくはこの世界で透明人間になってしまったのだろうか。
仕方がない、これはこれとして楽しむことにしよう。ぼくはやはり前向きなのだ。
そしてぼくは密やかな来訪者として、この会を心ゆくまで観察してみることにした。

会場には、時の流れのあたたかみを感じる不思議な飾り物がある。





アヒルの置物、ホルン、花のモチーフの窓、「ルミちゃん」という猫のイラスト。好ましい。







ポツリポツリと、男女で席が埋まっていく。間もなく、一人の女性が前に立って会の始まりを告げた。



話を聞くと、これはどうやら読書会というものらしい。課題本を読んで、その内容について語り合う。そこには一つだけルールがある。
「他人の意見を否定しない」
適度な距離感を保ちながらお互いを尊重する、大人の社交場だ。そして読書会は始まった。



「お酒がたくさん出てくるけど、みんなはどのお酒が好き?」
「アゾットとは、水銀・万能薬・全てを内包している、という意味」



「ハードカバーは写真、文庫本はイラストが挿絵。どちらも素敵!」
「ただモノを売るのではなく、物語を込めて売るというお酒の売り方を考案したのがすごい。いつか商売人になる日がきたら、こういう売り方をしたいな」

お菓子と飲み物が用意されていて、それをつまみながら会話に花が咲く。この日のお菓子は、「俵屋吉富の福豆」「聖護院八ッ橋の新年バージョン」。



中には本の内容にちなんでタロットカードを持ってきた人もいて、皆が占ってもらうことになった。こういう予想外の展開になることも、また楽しいことだ。

華やかな盛り上がりの中、ベストドレッサー賞というものを決める時間になった。この読書会には、毎回課題本にちなんだドレスコードがあり、各テーブルごとに代表の1名が選出されるようだ。今回のテーマは「酉(とり)」。といってもかしこまったものではなく、鳥の形のボールペンや、羽のネックレス、千鳥格子の服など、みんな気軽に楽しんでいる。



読書会後は、懇親会のはじまりだ。
くんくん、いいにおいがする。いつの間にか長机に料理が並んでいる。毎回課題本にちなんだ、スーフルというお店のケータリングの料理のようだ。今回は、「世界各国のお正月料理」。

~お品がき~
・豚のソーセージと豆ソース(イタリア)
・トルタデフランゴ(ブラジル)
・トック入りのスープ(韓国)
・シュトレン(ドイツ)





とてもおいしそうだ。ぼくは周りの人が見ていない隙に、少しずつ料理を拝借した。
豚のソーセージは、肉の香りとうまみがダイレクトに伝わってくる。トルタデフランゴは、鶏肉・コーン・グリーンピース・玉ねぎの、具材がぎっしり詰まったキッシュだ。トック入りスープは、ピリリとした辛さがやみつきになる。シュトレンは、ドライフルーツのしなやかな甘酸っぱさが心地いい。



みんなも料理に舌鼓を打ちながら、読書会のつづきの話で盛り上がる。



そろそろ懇親会もお開きの時間だ。この後さらに3次会に行く人たちもいるようだ。
つかの間の夢のような時間の後、みんないつもの日常へ戻っていく。

結局ぼくは最後まで誰の目にも触れず、透明な存在のままだった。誰もぼくを見つけなかった。けれど、不思議と寂しくはない。むしろ、じんわりとあたたかいものが胸に広がっている。
どうしてだろうか。ずっと忘れていた、幼い頃のことを思い出したからだろうか。それとも、みんなが楽しそうにしていたからだろうか。いや、同じ本を読んだ後の感覚を、誰かと共有できたからかもしれない。会話には参加できなかったけれど、なんだか見えない糸でみんなと繋がっている気がした。
ぼくはこれを感じたくて、この世界に迷い込んできたのかもしれない。

バーカウンターに1本だけ残っていた青の酒瓶を手に取った。
本の影響だろうか。何だか急に酒が飲みたくなってきた。瓶に直接口をつけて、ゴクリと一口飲み込んだ。
喉が燃えるように熱い。熱は一瞬で全身に広がり、体全体がメラメラと炎上しているような感覚に飲まれた。燃えて燃えて燃えて・・・・・・意識が薄くなっていったーーーーーー。

緑の扉がギィと閉まる。そこへギラリと黄色い目を光らせた黒猫が、さらりと踊り出た。口にくしゃくしゃの紙をくわえている。ポトリ、とそれを落とすと、夜の闇の中に消えていった。



「次回は2017年2月11日(土)、倉橋由美子『暗い旅』(河出文庫)、ドレスコードはダークカラー」

文章・写真:あおい

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