扉を開けると本の向こう側の世界が広がっていた。

猫町倶楽部とは、参加者が毎回課題図書を読了して集まり、
それぞれの気付きをアウトプットすることで学びを深め合う読書会です。

関西文学サロン月曜会[文学]

  • 2017年2月11日(土) 
  • 関西文学サロン月曜会 第24回 倉橋由美子「暗い旅」


 

一乗寺駅の改札を通り過ぎると、一つの看板が目に入った。

西へまっすぐ徒歩3分ひだり手――。

あなたの目的地はもうすぐそこだ。

 


 

なんのためにあなたは真冬の一乗寺までやってきたのか・・・・・・今日は2月の第2土曜日。普段ならば仕事の疲れを癒やすべく自宅でくつろいでいる。録画していたドラマやバラエティ番組を見たり、借りてきた映画を観たり、読書をしたり、音楽を聴いたり・・・・・・あなたにとってのこれまでの土曜日とは、一人の時間を有意義に過ごす曜日だったはずだ。それなのに、今日のあなたはあなた自身の意思で一乗寺駅までやってきた。ここになにがあるというのか。この時のあなたはまだ知っているようで知らない。

一歩踏み出すたびに期待と不安が交錯する。目的地に近くなったからか、それとも自らの足で歩み進めなければならないからか。電車に揺られていた時よりも幾分不安の方が勝っているような気がする。

やっぱり、やめておくべきではないだろうか? いまあなたは不安の毒にからだのなかを溶かされながらこの考えを噛みしめている・・・・・・いや、すでに数日まえからあなたはそれをガムのように噛み続けてきた、もうなんの味もなくなっているが、吐き捨てることもできないで、あなたはその考えをもてあましているのだ・・・・・・。

 


 

と、もてあましているうちに、どうやら着いてしまったようだ。

そうだった。

駅から徒歩3分だった。

思ったよりも近かった。

魅力的な外観に無音のため息が漏れる。店内もきっと素敵なはずだ。なかをのぞいてみたいという誘惑があなたをむず痒くする。

ところで、いま少し自重したほうがよいかもしれない。まだなにごとも決定的ではないのだから。これからあなたの内側に起こる変化、それはまだあなただけが自覚している幻の細胞に過ぎない、あなたはそれをどんなふうに証明することができるだろう? そんなものを他人の想像力のなかに移植する試みは、困難であるという以上にばかげたことではないか?

・・・・・・ハッとなり、あなたは時計を見た。気がつけば20分以上も時が進んでいる。あなたはもう店の中にいた。受付の時間はとっくに始まっている。あなたは慌てて店の奥にあるCOTTAGEへと向かった。恵文社COTTAGEこそが、あなたの目的地だ。

受付を済ませ、案内されたTテーブルへと向かう。テーブルの周りには6つの椅子があり、既に2つは埋まっていた。3つ目の席を埋めたあなたの事を知るものは誰もいない。それなのに、この居心地の良さは何だろう。彼らとあなたは自然と笑顔で挨拶を交わした。徐々に人も増え、Tテーブルの席は全て埋まった。6人でいくつかの雑談を交わしていると17時になったのを機に入口付近に一人の女性が立った。司会者である彼女が読書会の始まりを告げた。

関西猫町倶楽部の文学サロン月曜会に参加すること――。

これこそが、あなたが真冬の一乗寺まで足を運んだ目的だった。

猫町倶楽部の読書会は、指定された課題本を読了してくることがルールとなっている。ハードルが高いようにも思えるが、同じ本を読んでいるからこそ様々な感想や意見を共有する濃厚な時間が作られる。参加者一人一人が感じることは違う。今回の参加者は26名。つまり、26の解釈がこのCOTTAGEには集まっている。そして「他の人の意見を否定しない」という大切なルールを皆が守ることによって、一人一人が気兼ねなく発言出来る空間が保たれている。

テーブル内で自己紹介を終えると、あなた方は今回の課題本「暗い旅」について感想や疑問点を言い合った。

「愛とセックスを切り放せるのか」

「愛のあるセックスと愛のないセックスという形を固定観念に囚われることなくどちらも認めてもいいんじゃないの?」

「フランス語や画家の名前や知らんカタカナ用語がたくさん出てきて、よくわかんなかった。ググりながら読んだ」

「著者の主張には同意できないな」

「文章がなかなか入って来なかった」

「カレが契約婚約した理由が書いてなかったから不満」

「ミチオは最後どうなったのか?」

「主人公も彼も、周りの人間をすごく下に見ている。他人に対して冷たい」

「主人公はめんどくさい女。高潔を装っているけど、実際は彼や佐伯が関係した女性をものすごく気にしていて嫉妬している。その気持ちを素直に出した方が可愛げがあるのに」

「主人公も彼も日記を書いている。この小説自体が主人公の日記? さらに主人公の妄想が入った日記なのでは?」

「主人公と彼の関係はちょっと理解できない」

「これは少女小説。主人公が少女から、女になる前を描いたもの」

「彼とは中性同士のような、男女の双子のような関係性だった。それが、佐伯という社会における”男”との関係が発生することによって、主人公は”女”として覚醒した。そして高潔な少女の仮面から高潔な女の仮面へと付け替えて変化していった」

「主人公はありのままの自分を見せることを拒否して、記号的な、「女ってこんなもんでしょ?」と思う姿を演じている」

「主人公も彼も人と一定の距離を取りたがるタイプ。その原因は、家族との不仲だと思う。それがああいう歪な恋人関係を作り出したんじゃないだろうか」

「作者の悪意に満ち満ちている描写だ。だからこそおもしろい」

「伝統的な夫婦関係から離れた、各々が自立した人としての交際をしているのが主人公と「婚約者」のミチオ。そんなサルトルとボーヴォワールのようなある意味面倒臭い思想性や、ある意味重苦しい(その反面では安定した)伝統的夫婦観から離れたところに「逃げ恥」のライトな夫婦関係がある。60年代に一部の知的な人が読んでいた『暗い旅』から半世紀を経て、「逃げ恥」が商業的にも成功を収めるほど一般の人々の支持を得られる時代になった。日本の未来はそう捨てたもんじゃないなあ」

「二人称視点は、一人称視点よりも嘘がないように感じる。でも向こうから一方的に読者である自分を観察されているようで、読んでいて不快だった」

「主人公と彼は高潔な理念の上での付き合いだった。でも、彼がいち早く「こんな関係は無理なんだ」と気づいた。さらに、主人公の嫉妬など、生の”女”の部分に気づいて逃げていったのではないか?」

「何で主人公は体を粗末にするようなただれた関係を持っている?」

「体と精神を切り離して考えているから。体は精神の重荷だと思っている」

「牧子は何で死んだ?あまり描写もなかったし、死ぬほど彼のことが好きだったのかいまいちわかんない」

「主人公はすごい女である自分を嫌ってる、認めたがってない。過去に受けた辱めによって女であることを汚らわしいと思っているのではないか?」

「佐伯って何なの?主人公が寂しさを紛らわすために引き寄せた存在?”女”として覚醒するために必要だった存在では?」

「少女時期特有の潔癖さがある」

「新幹線登場以前なのでヒロインは特別急行第一つばめで6時間かけて東海道線を京都へ向かう。隣の席のおじさんが週刊誌2冊と漫画雑誌で暇つぶししてたり、トランジスタラジオ聞いてる若者がいたり、ビュッフェや食堂車を利用したり、スマホがない時代なので旅行案内や時刻表が全部本だったりと現代はない風俗に興じたりする一方、横浜で崎陽軒のシウマイ弁当買ったり食堂車で相席になったおじさんたちがヒロインを気にしないふりをしながら気にしてたり、と現代と変わらないところもあるよね」

様々な意見が飛び交い、二時間はあっという間に過ぎた。

ベストドレッサー賞発表の時間となった。今回のドレスコードは「ダーク・カラー」だ。各テーブルで選ばれた方々が立ち上がった。

 


 

ベストドレッサーの方々の撮影が終わった後、司会の女性が言った。

「次回は3月4日(土)、課題本は織田作之助の夫婦善哉決定版です」

 


 

最後に集合写真を撮って読書会は終了となった。

 


 

さあ、ここからは懇親会だ。

食堂souffleさんの今回のテーマは昭和の喫茶店。
バタートーストやポテトサラダ、コーヒーゼリー、ナポリタンとおいしい料理を食べながら、ヨガや刺繍など趣味の話に花が咲いた。途中でテーマが発表され、「スイーツ」や「シネマ」「自己啓発」の三つの席に席替えする。それぞれのテーマ席でも会話が弾む。あなたは自分でも初参加とは思えないほど、もうすでにこの場所に馴染んでいる。

たとえ難しい本でも、年齢・性別・職業など様々な人の意見を聞くことによって思いもしなかった発見をすることができる。一人で黙々と読書しているだけでは決して出来ない体験である。

話し足りない事があったら関西文学サロン月曜会のmixiコミュニティの「話し足りん」や「はじめまして」を覗いてみると良い。いや、話し足りない事がなかったとしても、とりあえず覗いて見ると良いだろう。その次には猫町倶楽部課外活動(関西)という世界も待ち受けている。次に行く時にはきっと顔見知りが増えていて楽しさ倍増だ。

この濃厚だった時間に感じたことや得られたことを、終わったばかりのあなたはまだ上手く表現出来ない。アウトプットしたことやインプットしたことは、時を重ねるごとに、思い出すごとに、あなたがこれまでに得てきた様々な知識や記憶と繰り返し結合あるいは分離して生成される。決定的な変化が起こるのはその時だ。いや、そう断言出来る機会というものはあなたにとっては永遠に来ないのかもしれない。

あなたは既にこの密度の濃い時間を求めている。

再び得るためには、また次の読書会に参加するしか手はないのだ。

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文章:のり 写真:のり、あおい、タロウ、未来

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